2007年9月25日 (火)

みなしごハッチは男の子?女の子?

あほ話をひとつ。

働きバチは、調べてみると、メスのみなんですね。彼女たちは、女王バチおよびオスバチのため、せっせと働きつづけなければならない宿命を負っています。だから女王バチやオスが楽な生き方をしているというわけでもないのですが、役割分担としては、そうなっているわけ。

働きバチは、蜜を集めるとともに、いざとなったら巣を守るため戦わなければなりません。そう。それが、針で敵を刺すという行為なわけです。といっても、巣と我が身さえ安全なら、彼女たちは戦ったりしません。だからハチミツを人間はとれるわけですね。

さてさて、そこで、わたしが子どものころ観ていた「みなしごハッチ」です。母親である女王バチを求めて旅をつづけたハッチは、一般的には男の子だと思われています。いや、実際男の子のつもりだったのでしょう。

が、わたしの記憶違いでないかぎり、ハッチは、たびたび、おしりの針で刺すぞという威嚇行動をとっていました。これは、なにを意味するか。ミツバチは、働きバチしか、敵を刺せません。ということは、ハッチはメス。

とはいえ、ハッチは王子扱いされている。メスなのにオス。なんじゃこりゃ。オカマとかオナベとか性同一障害とか、いろんな用語が頭でとびかいませんか(笑)? あるいは、針もないのに、威嚇だけするという知恵を持っていたのか。だとしたら、相当頭のいいオスバチだったわけですね。 

ちなみに、「みなしご」は現代では差別用語に分類されるおそれがあります。だとしたら、タイガーマスクもアウトじゃん。……。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年8月31日 (金)

15.8ぃ?

いまだに各所で嵐がしずまらない「ミヨリの森」ですが、視聴率が15.8パーセントだって!   同枠としては、画期的な数字なんですって!

7月07日シックス・センス・・・14.2%
7月14日島根の弁護士・・・・・ 9.6%
7月21日時をかける少女・・・・12.2%
8月04日ゾウのはな子・・・・・11.8%

この成功に味をしめて、それこそ「IQサプリ」の問題にしたりなどの手法で、質は伴わないのに宣伝だけうまいものが幅をきかすようになっては、たまったものではありませんわ。数字だけとれば、「時かけ」より「ミヨリ」のほうがすぐれているわけですからね。もし、偉いさんが、「時かけ」よりも「ミヨリ」のようなものを作るほうが儲かる、だから今後もこの方針でいけと指示していたらどうしましょう。

悪貨は良貨を駆逐する。

ジドー書の世界でもさあ、つい数年前までは、「感想文の付けやすい内容」=課題図書になりそうな良書を書いて欲しいとあからさまに言う編集者がいたわけよ。なにしろ、課題図書こそドル箱だったんだから。課題図書がだめなら、推薦図書ね。もちろん、わたしはそんな傾向に反発をおぼえていました。

ところが時代は変わり、今度はライトノベル風の「キャラ小説を書いたら」とあからさまに言う編集者が現れはじめました。要するに売れるから。一部にはそれを歓迎する向きもあるけど、相変わらず内容は置いてけぼりの本が多いのはなぜ? よそのジャンルのエンタテイメントを翻案しただけとか、魔女っ子と妖怪と探偵と剣魔法物語と、あ~、ほんとうに新しくない。

わたしがミヨリの森にいらついたのは、既に売れているなにか(ジブリとか)をなぞれば勝てるという魂胆がミエミエだったからかもしれません。それで数字だけはとっちゃうんだからなあ。世も末。  

Photo  

   「資本主義ばんざい」  

 

  

 

↓悪口を書いたら、トラックバックがつきました。どうやらYOUTUBEで観られるようになったようです。こわいもの見たさにでも、どうぞ。

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年8月26日 (日)

アニメ「ミヨリの森」

N動画にアップされた画像(もちろん著作権侵害)には、すさまじいツッコミが入っていました。ひどいところでは、「電波」って……。

大金を注ぎ込んだことを売りにしてる割には、(特に前半)昭和アニメみたいなぎこちない動きや展開をしていたのは、なぜでしょうか? お金をかける部分をまちがったのでしょうか? そういえば、「背景だけ神」というツッコミもあったような。まあ、背景だけということはないでしょうが。

責任論が出ても不思議ではないと思います。

フジテレビが日本テレビのキラーコンテンツ、ジブリアニメに似たものを欲しがっているのはわからないでもありません。駄作の「ブレイブストーリー」を大金かけて作ったのも、フジだし。それなら、細田守や原恵一、アニヲタ推薦の監督に、好きなものを作ってくださいと、ポンとゲタと金を預けるほうが、よっぽどいいものができるような気がするんですけど。 

ド下手と神がいっしょに仕事しているという、ある意味アニメ史上に残る怪作でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月24日 (金)

大阪ハムレット(森下裕美著)

森下裕美は、少年アシペのゴマちゃんのように、かわいい系の絵柄でブレイクした漫画家さんです。ところが、今回は、本来ならそういうカワイイ系では、キモい脇役として扱われても不思議ではない人がエキゾチックな絵柄で主役を張っているという人情短編マンガ集です。

胸が震えます。

たとえば一巻には、23歳の女性教師が高校の受験生にまちがって恋をするという話が描かれています。まちがって恋をしたのは、その子が、おっさん顔だったから。しかも、この女性は小さいころ、義父に甘えようとしたところ、実の母親に「その気になったら、あんたは女として父親と付き合えてしまう(だからベタベタしすぎるな)」と言われています。だから、恋人には父親のように甘えてしまう性癖ができてしまったと。

女性は、知らなかったとはいえ、中学生にふとんの中で「本を読んでえ」と甘えてしまいます。もちろん、男性の年齢を知ったときには大ショック。女性は、両親の前で泣いてしまいます。「わたし苦しいねん」。すると、自分たちがそういう子にしてしまったのもわからないまま、両親が「どうした」「どうした」と彼女をつつみこむ……。

なんか言葉になりませんわ。

下手なアダルトチルドレン小説なら、両親を恨んでどうのこうのの展開になるのに、そのふたりの前で泣くんですか……。ちなみに、この話はハッピーエンドで締めくくられます。どんな話も、ドロドロにしすぎないところに、作家の良心を感じます。

二巻もすごいです。母親が再婚しそうな男性はなに申し分のない人なので、よけいに苦しむ子どもたちの話とか、コンプレックスから、実の母親を鈍器で殴ってしまったバレエ教師の再生の話とか、この作者ならではの話が、うっと胸をつくセリフや描写で展開されます。

ジドー文学と大衆向け人情話と少女マンガのあいだをいってるようなマンガ? 女性のこわい心情描写は、文学に近い?

ええもん読ませてもらいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 6日 (月)

映画「ゲド戦記」を観た

はっはっは。これは各所で酷評されても仕方ないわ。全体的に説明不足なくせに、説明ゼリフが異常に多いという下手くそさ。更なるひと押しがないアクション。なんの伏線もなくテルーの覚醒?(ピンチになったら超能力が発動するイヤボーン現象の変形)でケリをつけるラスト。で、くずれた世界の均衡は、ほうったらかしかい。

いろんなものをコラージュしつつも、芯がないという感じかなあ。

ちなみに監督の吾朗さんは今はジブリ博物館の館長です。よほどのことがないかぎり、二度とメガホンを取ることはないそうです(ラジオからの情報)。 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月25日 (金)

時をかける少女

いついっても貸し出し中だったアニメ版「時をかける少女」、やっと観ることができました。

最近どうも世評と自分の評価が食い違うばかりで、ちょっとした悩みの種だったんですが、今回は一致しました。

うん。いいわ。

現代エンタテイメントの主流のようにキャラを立てすぎたり萌えさせたりすることもなく、はたまた宮崎アニメのように少女に聖性を見ることもなく、きちんとドラマで魅せてくれる映画でした。

主人公のキャラは、作中でも言われているように基本は「バカ」なんだけど、きちんと作ってあるから、わたしたちの現実とつながっている「人間」に見えました。観ているこちらも、きっちり、その感情(キャラじゃないよ)の動きに飲み込まれる。そこがいい。

絵とかアニメらしい動きとかも出色。こういう地味な映画がきちんと評価されるということも、うれしいです。これから観るつもりの人には、SFではなく学園ものという情報だけ与えておきます。  

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月30日 (月)

ライドバック

拙作にイラストをつけてくださったカサハラテツローさんの作品がいよいよアニメ化されます。

「ライドバック」

といっても、まだ放送日時も不明なんですが。一応ご報告まで。

http://www.din.or.jp/~te2/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 2日 (土)

ブレイブストーリー

本ページに映画評論として残すほどの価値はないものとみなして、こちらに書きます。

はっきり言って、なんで?、なんで? の連続でした。

ストーリーは、主人公のワタルが離婚をきっかけに倒れてしまった母親を見かねて、ヴィジョンなる異世界にいき、勇者として五つの宝玉を集め、運命を変えてくれる女神と会うというものです。

最初のなんで。母親はなんで倒れたの? 今時、離婚ごときがショックで自殺を図った? 心労? それにしては危険すぎる状態だったが。食事の準備中だったので、まさかガス中毒ということはないやろね。今のガスでは死にませんよ。

まあ、これは大目に見ましょう。次のなんでは、友だちは、なんで、ワタルに会う前に、さっさと最初からヴィジョンにいかなかったの? プロローグで既にトビラのむこうに消えてるやん。なんで、そのあと、学校にきたん?

まあ、これは大目に見ましょう。ワタルは、なんで、勇者の資格を与えられたの? それも、わけのわからんジジイに。あれは、何者? 最終的に宝玉全部を集めればヴィジョン世界は滅びるんだから、あのジジイは、それを知ってて、ワタルを勇者にしたはず。知恵者に見えて、実は破壊者か、あいつは。

まあ、これは大目に見ましょう。なんで、最初に、勇者なり魔導士なり、資格を与えられてしかヴィジョン世界は歩けないの? そのままいったらいいやん。RPGのお約束だから? ゲームと物語は違いますよ。必然性がないやん。ゲームの約束事に負けてしまう物語って、なによ(怒)。

まあ、これは大目に見ましょう。なんで、とかげのおっさんとか、ネコのねーちゃんは、カンタンにワタルの仲間になってくれるの? だんだん仲間がふえるのはRPGのお約束だから? けど、おまえらにも生活というものがあるはずやん。それを放り出してまでワタルについていける理由はなに? トカゲのおっさんは、「旅人といっしょならいいことがあるから」などとほざいていましたが、わけのわからん勇者についていったら一文無しになるやん。ええの?

まあ、これは大目に見ましょう。すると、トカゲのおっさんの言葉からすると、旅人(人間)がこっちにくるのは、よくあることらしい。じゃあ、そのたび、ヴィジョン世界は滅びの危機を招いたはずやん。ていうか、もう滅びててもしかたないやん。なんで、まだ滅びてないの?

もう書いていったらキリがないので、結末にせまります。なんで、友だちとその妹は死んだはずやのに、もどってきたん? しかも、妹は、あっちの世界で死んだ友だちとちがい、こっちの現世で殺されたはずやのに。友だちは妹をとりもどすためヴィジョンにいって、失敗したんでしょう? どっちみち、妹は助からんがな。

フジテレビがGONZOというアニメプロと組みたい気もちはわからないでもありません。絵がすばらしいから。日本テレビのジブリに対抗したいのでしょう。けど、GONZOは前作「銀色の髪のアギト」でもそうだったように、映像の派手派手(しかも既視感あり)に走るあまり、「なんでそうなるの?」をやりまくるんです。

いつも、なにかが破綻している。

それとも今回は原作に問題ありなのでしょうか? だとすると、宮部みゆきは、この手のファンタジーはまったくのダメダメ作品しか書いてないということになってしまいます。原作は膨大な長さなので読む気にもなりませんが、最後のメッセージらしきもの、

「人間はいいこともあるし悪いこともある。だから悪いことがあるたび運命を変えようなどと思ってはいけない」

もし、これが宮部みゆきの思想なら、がっかりです。この言葉は、妹を殺された友だちにはまったく無力なはずです。死は取り返しようのない悪いことです。カンタンに悟りを開けたり納得できるようなものではないと、わたしは信じます。

だから、それに気づいて、結末で、無理やり友だちとその妹を再生させたのでしょうか? それは思想的にも破綻してる証拠。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 7日 (火)

ゲド戦記補足

アシッド映画館のイベントを見にいったついでに、実際のゲド戦記にまつわるサイトをさがしてみました。ここが一番くわしい。

http://hiki.cre.jp/Earthsea/?GedoSenkiAuthorResponse

これを読んだあとに、ラジオで放送された鈴木プロデューサーのロングインタビューも、ついでに頭に置いておいてください。

宮崎駿は、息子が映画を製作している最中に、プロデューサーに自分が書いたゲド戦記の絵コンテをもちこんでいます。「息子の映画はコケるに決まっている」と理由をつけて。これは息子を心配してではありません。本人は、映画制作中は、ずっと息子と口をきかなかったそうですから。鈴木プロデューサーは駿案を却下しました。駿版では、冒頭から、老ゲドがでてきたそうです。「こんな老人映画を子供に観せるわけにはいかない」というわけです。時期的にも問題があるし。

宮崎駿は、「ハウル」のときも、途中から自分がしゃしゃりでて、そのとき監督予定だった人をジブリから離反させるという前科をもっています。その監督は、ジブリをはなれたあと、アニメ版「時をかける少女」をつくられました。こちらは大絶賛。惜しい人材をジブリはなくしてしまったというわけです。

あわや、裏ではおなじことが起きかけていたというわけです。これはラジオで実際に放送されたことなので、ここに公開しても問題ないでしょう。宮崎駿を神格化するのは、ファンの方々、もうやめにしませんか? それはルグウィンもいっしょ。

アシッドでの「ゲド」および「時かけ」の評価はここで読めます。たまたま並んでいてラッキー。

http://www.abc1008.com/acid/cinemaliner/060729.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)