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2007年5月 2日 (水)

どうしてトラックバックをつけたか(4/28おもしろい日記発見のつづき)

それは、かつて、こんなことがあったからです。もう名残しかありませんが。

http://d.hatena.ne.jp/yamada5/20060623

Ⅰ氏はもう協会を脱退しています。もちろん、再特集もなし。

「軽装版」という言い方にすると、文庫全体の問題になります。でも、児童文庫には、バリバリの純文学も入っています。ですから、正確には専門誌は「ライトノベルノリの児童書」という呼称にでもして特集を組めばよかったんです。でも、しない。たぶん、「ライトノベル」という呼称自体に抵抗があるからだと思われます。あるいは、知らないとか(笑)。

はっきり言います。専門誌より「ゆーずー無碍」さんの方が遥かによくできた特集になっています。ライトノベルとはっきり言い切って俯瞰したところなんて、特にすばらしい。

わたしは、児童文学の専門家(特に評論家)はこれに対し、はっきり自分の意見を述べるべきだと思っています。でも、触らぬ神にたたりなし、なんだなあ。あいも変わらず、イデオロギーと思想性、教育ばっか。

おまけに、エンタテイメントとライトノベルを混同している節もあります。「ズッコケ」と今のライトノベル風小説とでは問題の質がちがいます。おもしろいおもしろくないの問題ではありません。

では、わたしの考えを述べましょう。たとえば、ここに一冊のライトノベル風イラスト児童文庫があったとします。

もし、これが児童文学一本でやってきた作家の本なら、ライトノベル愛好者が読むと、かなり違和感を感じるのではないでしょうか。ノリが違うと。

あるいは逆に、ライトノベル畑から児童書にやってきた作家の本なら、児童文学愛好者が読むと違和感を感じるようにできています。荒いと。わたしは、よくこれを感じます。要するにノリが違うんです。

でも、それぞれの愛好者が読む本をまちがえなければ、「おもしろい」に落ち着くのではないでしょうか。どれぐらいの「おもしろさ」かは置いておくとして。

そういうことが起きているのに、子どもウケするのは決まったイラストだからといって、両者ともおなじようなものをつければいいなんてのは、おかしいです。しかも、両者がおなじレーベルに共存していたら、作家の知識のない人は、自分の望むタイプ(児童文学寄りかライトノベル寄りか)を選びそこなう可能性があります。それは不親切ではないでしょうか。

すくなくとも「ふしぎの国のアリス」に萌え画をつけるなんてのは言語道断です。あんなに内容で萌えられない小説、どこにありますか。

ライトノベルはどうかしらないけど、基本的に小説は、内容が主で、イラストは従です。その内容にふさわしいイラストがついている本が、いい本。わたしは、このスタンスです。

もちろん、「そんなスタンスは甘い」という意見の方もいらっしゃるでしょう。それはそれでいいんです。いけないのは、自分の意見も述べずに、無視することで態度を表明している気になっている評論家です。「触らぬ神にたたりなし」は、ずるい。この問題を現代児童文学のトピックとしてとらえていないとしたら鈍感。

だから、たとえば「CLAMPのイラストがついているのに、しょせん内容は児童文学。だからあまり評価しない」みたいな感想をつけられるのは(本当にこの手の感想がAMAZONでついたことがある)、たとえ他人の作品でも、わたし(一応作家)個人としては、むかつきます。かといって、読者の気持ちもわからなくはありません。ですから、自分のむかつきを押し付けられるとも思っていません。

じゃあ、逆の例として、売れている「妖界ナビ・ルナ」を挙げましょう。児童書愛好者が読めばこうです。

http://d.hatena.ne.jp/qco/20051218

なにかが、ねじれている。そう思いませんか? わたしは個人批判をしたいのではありません。作家にもイラストレーターにも、このコンビを組ませることによって大ヒット作に仕立て上げた編集者にも、それぞれが最善の努力をしたということでなんら罪はありません。だけど、変。

おまけに、作家として、もっと困った事態も生じています。それは、ウケるのはあの手のイラストの小説だから、作家の持ち味を殺してでも、内容もその手のものにすればいいと考える編集者がでてきつつあることです。新風舎以外にも、もしかしたら、いるんじゃないか?  

児童文学というのは、そもそも、ものすごく広い分野を網羅した文学なんですね。「大人文学」なんて言い方は、ふつうしません。大人の本は、ミステリーとか純文学とかジャンル分けされているはずです。でも、児童文学は全ジャンルをひっくるめて、子どもむけなら児童文学または児童書です。ですから、逆になにをやってもいい。ひとりの作家がエンタテイメントと純文学の両方を書いてるなんて例もすくなくありません。

それなのに、自らの手でジャンルを「ライトノベル風」という極めてせまい枠にとじこめるのは、もったいないと思うんだけどなあ。

すくなくとも「ライトノベルはおもしろいから児童書もライトノベルになっていく」なんて物言いには、わたしは味方できません。そういう方には、こう反論させていただきます。

「それは、あなたが、ライトノベル風のイラストは似合わない『おもしろい』児童書を読んだことがないからだ」と。

もちろん、ライトノベル愛好者がその手の本を読んだとしても「つまらない」と感じる可能性も否定しきれません。さらに、根本的に子どもは本を外見でしか選ばないという問題もあります。このままではライトノベルイラストが似合わない娯楽小説は「おもしろく」ても淘汰される危険性があります。そんな本にまで無理に萌えイラストをつければ、先ほどのねじれ現象が起きます。うーん。どうすれば、よかんべ?

うまく住み分けしてくれ。ぶっちゃけ、これが本音なんですけど。

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